建窯(兎毫盞)

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 中国の福建省、建窯において天
目茶碗が焼成されたのは、北宋末期から南宋中期に掛けてだと言われています。
日本の歴史と照らし合わせてみると、平安時代から鎌倉時代という事になります。

建窯の生産品のほとんどは、ココに載せたような兎毫盞であり、日本ではこれを、禾目天目と呼んでいます。
有名な曜変天目茶碗や油滴天目茶碗もココ建窯の産であると言われ、その窯変技術のすばらしさは現在でも輝きを失っておりません。
それどころか、建窯の曜変や油滴を、同じ方法で再現したと思われる作品には残念ながら出会った事すらありません。

この30年ほど、数年に一度くらいの割合で、「曜変天目再現される」という記事を目にしますが、どう贔屓目にみても、似て非なる物であり、そのほとんどは塩化化合物やチタン化合物、銀や鉛の化合物を使って、「絵付け」のように制作された物としか見えません。
作家さんの資質が問われる問題だと感じています。



   建窯の兎毫盞(禾目天目)の破片たちです、何を語ってくれるのでしょうか!?
見込み部分の破片ですが、黒い部分はまさに漆黒のよう
な深い黒色をしています。
そこに上から流れた禾模様が次第に青色へと変化しなが
ら溶け込んで行きます。

幾分、銀化(ラスター化)しかけたような、禾目模様が
見えます。
しかし、青色ではなく緑色味を帯びていますので、焼成
の最後の段階に酸化されたのでしょうか?
すっきりした直線状の禾目ではなく、よろよろと下降
しています。
口縁からの柿色部分も、焼成の最終段階での強い酸化
状態を物語っているようです。
高台部分は典型的な蛇の目高台である事が観察されます。
垂れかかった釉薬は、あくまでも漆黒です。
非常に直線的でラスター化しかけた禾目模様は非常に
美しいものです。
もう少し、青味がかれば「銀禾目」と呼んでも良いよう
な色合いをしています。
綺麗な禾目模様が出来ています。
伝世品で一番良く見かける釉調です。
見込みに流れ込んだ禾目は、一部分が銀白色に変化して
おり、曜変天目との繋がりを感じさせられます。
高台部分が欠けた状態です。
世間で言われるほどには、ザラついた土味ではなく、ま
た、色合いも黒くはありません。
典型的な、禾目天目の釉調です。
胎土の表面の赤さは、焼成の最終段階に於いて、酸化さ
れた事を窺い知る事が出来ます。
直線的ではなく、よろけたような禾目模様です。
表面にサヤ鉢の破片がくっつき、高台にもくっつき防止
の土が焼き付いてしまっています。
天目自体の土とサヤ鉢の土が別物である事がわかり、サ
ヤ鉢の方が、鉄分の少ない土を使っていますので、天目
の胎土は、鉄分の多い土をわざわざ使用している事がわ
かります。
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